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これまでの滑稽俳句大賞受賞作品
第四回 第五回 第六回 第七回第八回
第四回滑稽俳句大賞
 
金澤健
恋猫やうすうす知れる相関図
誰よりも氷柱汗をかいてをり
星月夜天動説も捨て難し
宴果てて主なき杖敬老日
イチローも肥たごかつぐ案山子かな
出来心神にありけむ海鼠かな
日めくりをはぎ取る人の着ぶくれぬ
百足虫ゆく足手まとひの手足もて
逃げる蛇上目使ひに世を拗ねる
無事なれど名馬たりえず枯野道


 

第五回滑稽俳句大賞
 
小林英昭
好きといふかはりに強くこぐ鞦韆
つくしんぼばかりのならぶ通信簿
寄居虫のたがひに新居自慢かな
すみずみに法話とどける扇風機
遠雷やすつかり丸くなりし父
ぬけぬけと晴れてしまひぬ秋の空
知つてゐてそこでまた泣く村芝居
りんごもぎデニムの尻でみがき呉る
闇汁のあとにださるる胃腸薬
歳晩の象ゐる園の広さかな


 

第六回滑稽俳句大賞
 
日根野聖子
天に何言ひつけに行く揚雲雀
豌豆の筋とるファスナーおろすごと
山中の不発弾なり筍は
かき混ぜてソーダのため息解放す
わがままは苦味にも似て夏蜜柑
カラットに換算新米の輝きを
願ひ事は叶はないこと星祭
とんぼうの群れ飛び静寂汚さざる
秋茄子や嫁がず産まずですみません
窓閉じてみても浸み込み虫の声


 

第七回滑稽俳句大賞
 
愛媛県 日根野聖子
春炬燵足から抜けし思考力
綺麗ごとばかりをしやべり春日傘
美人台無し解剖学の春の昼
持ち重りする甘夏と正義感
甘つたるき歌のべたつく残暑かな
易々と正義かざすな鵙高音
引つ込めてばかりの道理鰯雲
焼唐黍ポップコーンじや馬鹿になる
非正規てふ格差の国の勤労感謝日
万難を排して何もせず小春




受賞の感想
 文学は、読者に理解を委ねるものですが、文字数の少ない俳句は、その依存度が最も高くなります。「説明」を嫌う文学ですから、同じ五七五音字の川柳よりも、その割合は高くなります。 自分の意図の通りに解釈されて嬉しかったり、逆に全く理解されずにがっかりしたりということは、誰もが経験しているところでしょう。 いかに、言いたいことをうまく表現でき、うまく伝えられるか。発信と受信がピタリと決まり、五七五に込められた意味や情景など、謂わんとするところを確実に受け取っていただけたときの嬉しさは格別です。 誰に評価されずとも、自分の言いたいことを言い、使いたい言葉を使うんだ、という思いで俳句を作ってはいますが、賞をいただけるということは、やはり無条件にこの上ない喜びです。

 
東京都 加川すすむ
国宝はさておき土産花の古都
天に尻向けてザクザク汐干狩
枝豆やまさに父似の指づかひ
美しき嘘も浮かべてレモンティー
鉄人と呼ばれ風邪とも言ひ出せず
躓きし石に罪着せ懐手
付くうちが華てふ寝ぐせ冬木立
肩書の主夫堂々と葱を下げ
名前負け笑ふ親子の炬燵かな
少子化の秘策も練つて日向ぼこ




受賞の感想
 軽い気持ちで投句した私の作品が、今回次点に選ばれるとは思ってもいなかったので、誠に嬉しい限りです。以前(平成二十一年)に、友人の勧めで初めて滑稽俳句大賞に応募し、「袴からブーツ覗かせ卒業す」が入選。賞品として砥部焼の招き猫の置物を頂いた時にも増して大きな喜びです。  普段は地域の超結社の俳句サークルに所属して、いわゆるオーソドックスな俳句を作っておりますが、着想や表現ではベテラン勢には敵わないので、時折滑稽俳句≠混ぜてユニークさを出し愉しんでおります。若い頃文芸川柳を齧っていたこともあり、単なる駄洒落や言葉遊びでなく、心に響く滑稽俳句にこれからも挑戦していきたいと思っています。

 
長野県 横山喜三郎
世界中虚飾に満ちてクリスマス
父の日の話題は母へ母へ向く
名があれば名折れもありて信長忌
怪談を逃げては寄りてキャンプの夜
駄馬の意地喝采よんで草競馬
水鉄砲こどもの顔で応戦す
掬ひきてはたと金魚を持て余す
向日葵の笑ひ疲れを癒す真夜
竹槍も展示されをり終戦日
ファッションにかまけてをりぬ案山子どち




受賞の感想
 「まさかとふ坂を登りて春爛漫」
 定年退職後、何かに打ち込みたいと思っていましたが、どれも長続きせず、十年後、七十歳の時にたどり着いたのが俳句です。俳句は妻が若いときからやっていて、それまで勧められ続けていました。しかし、私には一番縁遠い分野で頑なに断っていましたが、とうとう落ちてしまったのです。俳句を始めて間もなく、書店の立ち読みで俳句雑誌「俳壇」の滑稽俳句(当時は万愚節)を見たのが「運のつき?」。俳句にも、こんな面白い世界があるんだと思うと、俳句全体に興味がわいてきました。滑稽俳句は私の余生に希望と夢をもたせてくれた大きな契機となりました。八木先生と、絶えず刺激を与えて下さっている皆様に感謝しながら、これからも頑張っていきたいと思っています。

 
埼玉県 赤瀬川至安
胃カメラはまつぴら御免三鬼の忌
野遊びの胸の揺るるを眩しめる
法師蝉ツクツクホーで終はりけり
見るだけと言つてゐた筈秋の服
螻蛄鳴くや捜査一課は殺人課
どう見てもおつかない人衣被
淋しさに妻のショールを巻きにけり
煮凝や訳のわからぬヘブライ語
セーターに出口は四つ大欠伸
歳の市目立たぬやうに春画あり


 
北海道 網谷千代子
まつ先に校長先生風邪をひく
軒氷柱透けゐる顔も更年期
水洟の子を見て一日嬉しかり
雪積もり積もり血圧高くなる
命の灯揺らぐダイヤモンドダスト
たまさかの冬日を浴びて転びたる
波の花塊なれば白からず
吹雪三日犬の鼾を聞いてゐる
包丁を研げば流氷哭きにけり
着ぶくれて許す許して許さざる


 
三重県 小林英昭
ストールに笑ひ声までかへるママ
小春日はいりませんかと行商女
穿きながらパンツ乾かす神の留守
茶箪笥に折られて鶴は冬を越す
こたつ猫もふよからうと回顧録
寝技にて一本勝の七五三
大根の味よきけふの幕の内
美辞麗句沁みついてゐる金屏風
うちの嫁雪女かも風呂嫌ひ
浮いてゐる柚子におませなのがひとつ


 
茨城県 ぽん太
雀の子そこのけそこのけ戦車が来るぞ
見ゆるものなべて朧に付け睫毛
まさかとは思いつサマージャンボ買う
本はイザ図書館という避暑通い
おしっこの降るばかりなり蝉時雨
土俵入りかと見し妻のフラダンス
すっと来て松茸を買う客を見た
着ぶくれて食前食後また薬
大寒波諭吉は旅に出たっきり
マスクして小さな嘘をついてみる


 
三重県 西をさむ
新町の女泣かせて夕霧忌
検屍にも一日のずれ西行忌
小町忌やむかし小女の同窓会
北斎忌世界遺産に登りつめ
凡庸な男に生まれ業平忌
幽霊に足の有る無し応挙の忌
好色の代々つづく西鶴忌
猫に鈴付けて晩学宣長忌
達磨忌の壁に向かつて立たされて
うちにかて意地はあるねん近松忌


 
東京都 山本賜
大根もつエコバッグには競走馬
欲しさうな顔に自然薯いただきぬ
蕗の薹少しずれてゐる井戸の蓋
人生に落し穴あり双六も
初鏡純白液は使ひかけ
夫につづけ妻の腰痛十二月
そこまでの花見にあれもこれも持ち
マスク外せばパンの匂ふ駅ビル
天井に映るわたくしクリスマス
風邪に寝てマンハッタンをさ迷ひぬ


 
審査方法と結果

十句を一組とし、一組を一作品として、十句すべての出来栄で評価、審査を行いました。応募者総数八十六名、百組すべての作品を、無記名で各審査員にお渡しし、審査いただきました。一位から五位までを選出いただき、一位は五点、二位は四点、三位は三点、二位は二点、五位は一点として、集計しました。

その結果、以下の各氏が受賞されました。
最高得点の十一点で大賞を獲得したのは、日根野聖子でした。

次点は、
七点の加川すすむと、横山喜三郎です。

入選は、
六点…ぽん太
五点…赤瀬川至安、網谷千代子、小林英昭C、西をさむ、山本賜
四点…笠政人、海野兼夫、福士謙二、下嶋四万歩、小林英昭@、
    金山敦観
三点…久我正明@、橋本正幸、小助川雅人、小林英昭A
二点…藤堂夏生、司ぼたん、梅岡菊子、桝野雅憲
一点…諸星千綾、川口聡美、大澤酒仙奴、佐藤志乃、久我正明A

 
審査経過と講評
「本当のことと本人の大真面目」
俳人 池田澄子

優劣を付けるのがとても大変で辛い思いをしました。

一位の方、わざわざ滑稽に詠んでいないところが魅力。例えば特に「マスク外せばパンの匂ふ駅ビル」、ややリズムが悪いですが現代の誰もが気が付いていて、しかし俳句にしようとは思い付かなかったところをびしっと。「天井に映るわたくしクリスマス」「風邪に寝てマンハッタンをさ迷ひぬ」もそう感じました。

二位、「父の日の話題は母へ母へ向く」の気の毒な男親。「怪談を逃げては寄りてキャンプの夜」、「父の日」の認識よりは平凡ですが可愛い可笑しさ。「竹槍も展示されをり終戦日」の、おそらく本気。

三位、「大凧のひきずってゐる五十人」の「大凧を」ではなく「の」であることの愉快。

四位、「万難を排して何もせず小春」の貫録。「綺麗ごとばかりをしゃべり春日傘」の皮肉、あるいは自嘲。

五位、「初電話昨日の話の続きから」の意外性と真実味。「大文字子ども一人に隠されて」は言われてみれば実景としてありそうであると気付かされた。本当のこと、個人の大真面目こそが、他者には滑稽に思えるようです。

 
「さらなる発展を」
俳人協会「俳句文学館」編集長  上谷昌憲

 言葉遊びから発想した句、しゃれに終始した句、テーマ性にこだわった句など、今回も様々な滑稽俳句が寄せられた。そして、どの応募作からも創造性が感じられ、拝見していて非常に愉しかった。
私が推した作品は、頭の中で練り上げたものより、実際の体験に基づいたと思われるリアリティーと、笑いの奥の哀しみが感じられる作品であった。
滑稽俳句が今後どのようなベクトルで発展していくか、大いなる期待を持っている。

 
 
「新機軸を求めて」
前愛媛大学学長  小松正幸

 どれにも捨てがたい句がぎっしり。例年のようにウンウンいって選んで見ると、いつもと同じ傾向の作品であることに気がつく。例年こうして審査表を送ってから、大賞の発表をみると、作品の主はやは
り賞のご常連、毎月の特選句のご常連でもあり、老練の達人たちであることを発見する。協会が推奨(?)する優れた滑稽句とはどういう句か、私などにも自然に染み込んで来た。しかし、不遜にも思う、油断禁物、裏を返せば定着は停滞でもある、と。そういうわけで、今回は新機軸を求めて選び直す。一位に選んだ作品は一茶のオホーツク版、とくにダイヤモンドダストの句、厳冬の北国では命の灯でさえある薄日に、きらびやかに舞うダイヤモンドダスト、この対比がおかしい。「雪五尺」を彷彿とさせる北国ならではの居直り(?)が面白い。

 
 
「十句をそろえる難しさ」
結社「春耕」編集長  蟇目良雨

トータルで十句が揃うのは難しそうだった。

その中で一位の作品は有名人の忌日をパロディをもって詠い切った素晴らしさがあった。巻頭に置かれた句は即き過ぎだったが、「検視にも一日のずれ西行忌」。二月十六日に亡くなったはずなのに二月十五日を忌日に定めた不思議さを「検視」という用語で炙り出している。「好色の代々つづく西鶴忌」も現代に?がる面白さがある。「猫に鈴付けて晩学宣長忌」は「鈴屋」を思い出させる仕掛けが巧みで作者の自画像になっている。

二位の作品は、物をよく見て作っていると思った。「裏口のおぼろになりぬ卒業式」。現実のおぼろと、もしかしたら裏口入学をしたこと忘れ去ろうともがく作者をパロディにしているのではないか。「向日葵や首の疲れしものもゐて」。向日葵をよく見ている。

三位の「雀の子そこのけそこのけ戦車が来るぞ」には現代の右傾化への不安が暗示されている。「大寒波諭吉は旅に出たつきり」。一万円札が出払って寒さに震えている作者が見える。

四位の作品にある男のペーソスを買った。「少子化の秘策も練つて日向ぼこ」には何やらいやらしい中年が描かれているが、政治家が心を広くしてこんな秘策を採りいれてほしいものだ。

五位は認知症の両親を介護されている作者の限界生活がにじみ出ていて貴重と思った。勿論俳諧味を優先した。

 
 
「魅力的で面白くて」
俳人・女優  冨士眞奈美

 十句一組、百組の作品を拝読しました。計千句です。四、五回通読致しまして、「胃カメラ…」の作品が優れて魅力的だと思いました。胃ガンで亡くなった三鬼の忌、そして「恐るべき君等の乳房…」と連想が広がりました。「どう見てもおっかない人衣被」には楽しく笑わせていただきました。

二位は、「非正規てふ格差の国の勤労感謝日」など、パンチのある句があり、素晴しいです。

三位の〆の十句目「名月やこんな団子じや悪いわね」。この句は面白い。見逃すわけにはゆきませんでした。

四位、一句目と二句目の展開に思わずぐっときました。「土俵入りかと見し妻のフラダンス」には大笑い。

五位の作者は女性でしょうか。無季自由律に大いに迷いましたが、訴えるものが強く魅力があり、異色の作として選ばせていただきました。

 
 
「安心して味わえるおかしさ」
本阿弥書店社長  本阿弥秀雄

 十句すべての出来栄えを意識すると、一、二句突出した作品があってもその応募作を上位に選び出すことが難しい。残念だが仕方がない。

一位に推す作品は殆どの句が水準を上回り、いわば安心しておかしさを味わうことができた。奇抜な措辞を衒うこともなく、何より季語が確かと思う。

二位は「こつけいはいくしゆう」という文字を一文字ずつ各句の頭に置くという巧みな工夫に作者の力量を知った。

 
 
総評「作者に会いたくなる作品」
滑稽俳句協会会長  八木 健

 「可笑しい」を共感できる作品が選ばれたことを喜んでいる。二年後に、滑稽俳句協会報一号から百号までと、滑稽俳句大賞の受賞作品を一冊にまとめたい。滑稽俳句作品は後世に残る。俳句は言葉のスナップ写真だが、その一枚の写真から読みとる事ができるのは「作者の人間性」である。世の中の俳句は大方が単なる風景描写で、作者に会ってみたいと思わせる作品は少ない。
 今回、会ってみたいと思わせた句を五七五で評するならば、大賞受賞の日根野氏の「万難を排して何もせず小春」には「小春てふ季語ほめそやす一句とも」。
  次点の加川氏の「少子化の秘策も練つて日向ぼこ」には「何もせず日向ぼこりの口達者」。
  横山氏の「駄馬の意地喝采呼んで草競馬」には「負け犬の判官贔屓ジャパニーズ」。

今から、第八回の応募作品が愉しみでならぬ。

 



 
 

 

第八回滑稽俳句大賞
 
愛媛県 久我正明
デコポンに勝ったと思ふ柚子の顔
ペンギンは「ふ」の字のかたち日脚伸ぶ
お疲れのご様子ですね枝垂桜
紙風船さてはギョーザを食べただろ
よたよたと腰痛の蟻パン運ぶ
赤富士の大崩落やかき氷
空蝉や縄文顔をしてをりぬ
キク科なる雑草繁る文化の日
着膨れてペンギンとなる修道女
太古より海鼠は海のなまけもの




受賞の感想
 大賞をいただきありがとうございました。自分の俳句が評価されたことがとてもうれしいです。私は色々と俳句を学んできましたが、俳味の流れの中にメッセージをさりげなく残す俳句に一番興味を覚えています。「うふふ」と笑え、「おやっ?」と立ち止まってもらえる俳句です。「俳句は上品にそして面白く」が私の目標です。俳句は国文学の一つでありますが、自然科学、文化人類学、美術映像学などの教養と想像力、描写力、構成力などの才能も必要で、たいへんに奥が深く興味が尽きません。私の受賞作の「ふ」はペンギンでも修道女でもなく俳句を学ぶ私の「歩く」姿そのものです。俳句の言葉の生み出す大いな る可能性にこれからもチャレンジしていきます。

 
大阪府 柊ひろこ
さよなら制服春来て私服ご自由に
啓蟄に先んじてあり治虫(おさむし)忌
朝寝してメフィストフェレスとねんごろに
鬼札(ジョーカー)を引かせる遊び春炬燵
積ん読の山が笑ひて崩れけり
風船がしぼむエステに行かなくちや
女王蜂びびつ働き蜂ぶぶつ
春愁の掃除機にして吸ひかぬる
切られたる首ぶらさげて花見かな
蜃気楼あいにく今日は満室で


 
東京都 牟礼鯨
竹婦人借るや家主へ足を向け
髪色は黒に決められ文化の日
吊るされて連れて行かれる七五三
死んだ目のミッキーマウス隙間風
笹の座に着くもパンダの初仕事
先生対生徒全員雪合戦
池涸るや引き上げられし乳母車
ボロ市や靴の出処言ひ淀む
代官の白州跡なる落椿
卒業の一名起立申しあぐ


 
沖縄県 仲村ひさ子
空の色何色にする終戦日
耕せば生きてる化石不発弾
苦瓜は修羅の土に実りたる
幾重にも偽装の泡がこの国に
徘徊す輪廻の街にケセラセラ
更地にも夏の雲あり悠々と
泥水や糸瓜の吸へば透き通る
ありのままないままにあり余生かな
異邦人阿波踊して和の人に
焼餅を焼くだけ焼いて余寒かな


 
大阪府 久松久子
花筏亀の背中に座礁して
絵馬同士ぶつかり合うて梅二月
勿体ない勿体ないと黴させて
七変化奇人変人我俳人
待ち人のエスカレーターに浮いて来い
蝉時雨一樹辟易してゐたり
惚け同士同じ話に走馬燈
葷酒門入れば新酒品評会
財テクに遠く勤労感謝の日
南禅寺の松の手入れは五右衛門に


 
東京都 青木かずこ
客人の増えて鯛焼切り身とす
ホームズとワトソンらしき無月の夜
竹伐るや会ひたきものに月の姫
夏痩せを知らず空也の最中かな
子の飽いて目高の餌の役目負ふ
踊子の肩で息する路地溜り
秋の蚊の老母のゆるき手にかかり
目刺講釈背黒真鰯乾燥度
風邪の身に電話宅配回覧板
星の児の大き欠伸や聖夜劇


 
熊本県 本多加奈
菜の花に指揮棒振って音楽会
薔薇の花片手にもって作曲し
満開の桜道を電車行き
思い出の曲になりそう赤とんぼ
純白の上下二輪の冬牡丹
夏の夜若葉の下の時計塔
夏の夜城へ行く道静かなる
風鈴草綺麗な頃に作曲し
ニ期咲きの冬も見頃か寒牡丹
ショパン聞きひとりぼっちのクリスマス


 
東京都 三宅あき子
大嚔と共に帰宅の夫かな
背伸して孫の頭を撫でる新春(はる)
お洒落ごころ失はず梳く木の葉髪
大盛りの韮ばかりの鍋合宿所
どなたにも会へない素顔春の風邪
サングラス外して悪さ出来ぬ顔
我が前を流しそうめん素通りす
なま足に負けぬ素足の大年増
秋蝉に占められてゐる耳ふたつ
着ぶくれて美人不美人大差なし


 
審査方法と結果

十句を一組とし、一組を一作品として、十句すべての出来栄で評価、審査を行いました。応募者総数七十一名、八十一組すべての作品を、無記名で各審査員にお渡しし、審査いただきました。一位から五位までを選出いただき、一位は五点、二位 は四点、三位は三点、二位は二点、五位は一点として、集計しました。

その結果、以下の各氏が受賞されました。
最高得点の十一点で大賞を獲得したのは、久我正明でした。

入選は、
六点…柊ひろこ、牟礼鯨
五点…仲村ひさ子、久松久子
四点…青木かずこ、本多加奈、三宅あき子
今回、残念ながら、次点は二重投句のため該当者無しとなりました。
三点…野村信廣、渡邉美保、柳紅生、神野喜美、
    鈴木敏文、横山喜三郎
二点…加川すすむ@、工藤進、佐藤あずさ
一点…加川すすむA、竹澤聡、床井和夫、司ぼたん

 
審査経過と講評
「生きている姿」
俳人  池田澄子

滑稽≠狙ってないのに、滑稽に感じる句。それは生きている姿が感じさせる可笑しさ。一所懸命な姿は、時に哀しくて滑稽に見えるようです。
  私の中で六位だった「生身魂あだ名シャーリーテンプルと」なども、さもありなんと。

 
「磁石が鉄を吸う如く」
俳人協会「俳句文学館」編集長  上谷昌憲

  高野素十の句集「初鴉」の序において、虚子は「磁石が鉄を吸う如く、自然は素十君の胸に飛び込んで来る。素十君は画然としてそれを描く」と述べている。素十はまた「技巧も心である。技巧を養うということは、心を養うということになる」と繰り返し説いていたという。
 不遜ながらこの言葉を「滑稽俳句大賞」の審査参考として当てはめて見た。「磁石が鉄を吸う如く、作者の胸に滑稽は飛び込んで来ているだろうか?」という エラソウナ目で鑑賞させていただいた。また舌を巻くほどの技巧を凝らした句 に出会っても、心を濾過していない技巧は虚しく感じるのである。明らかに大向こうを狙ったような作品は、あざとさが鼻に付いて敬遠したくなる。
 しかし、技巧の全くない俳句は有り得ない。「心を養った人の技巧」とはどんなものか。上位に推薦した作品には、少なくともその風懐があると信じている。

 
 
「俳句の滑稽のむつかしさ」
現代俳句協会特別顧問  宇多喜代子

 俳句の滑稽とただのおかしいという句が混在しており、あらためて俳句の滑稽のむつかしさを考えさせられました。虚子や風生、比奈夫などの作品のように、そのむつかしさを表に出さずに滑稽味を伝える句を期待いたしたく思います。かりにも、「滑稽」を冠した俳句なのですから。

 
 
「批判精神と童子の心」
結社「春耕」編集長  蟇目良雨

 滑稽俳句に深さと渋みが加わった句が多く見られて幸いであった。 世間を厳しく見た結果として得られたものと思う。
  一位に選んだ作品に、「キク科なる雑草繁る文化の日」があった。批判精神を感じたのは私だけだろうか。一方、「ペンギンは『ふ』の字のかたち日脚伸ぶ」の素直な童子のような感覚は素晴らしい。

 
 
「本格俳人、名句揃い」
俳人・女優  冨士眞奈美

 佳作、秀作ばかりの八十一篇です。選句は大往生。テレビの「サラリーマン 川柳」発表を観て、この程度なら選ぶのもラクなのにと。「滑稽俳句」の皆様ときたら本格俳人、季語もキチンと据えられた名句揃い。本当に大変でした。 結局、最終的には選者の特技で「好み」ということに。

 一位、二位、三位は、逆転してもおかしくない同じ順位です。一位に選んだ作品には、詩情を感じ好きだと思いました。モダンな内容にも魅かれました。

 二位の作品は、女性でしょうか。優しい色気とポエムに魅かれました。「ホームズとワトソンらしき無月の夜」「踊子の肩で息する路地溜り」、いいですねえ。

 三位の作品には、大変、好感をもった作品を推しました。
もっと書きたいけれど、残念ながら紙数が尽きました。

 
 
総評「ゆとりのある作品」
滑稽俳句協会会長  八木 健

 俳句の「俳」には戯れ、滑稽の意味が有り、俳句の歴史からしても滑稽こそ 俳句の本質で重要なものである。しかし、そのことに気付いても「真面目一筋」 でやってきた俳人の多くは、今更宗旨替えできないというのが本音のようであ る。
滑稽俳句に本気に取り組む意欲もなく、滑稽俳句は文芸としての質が高いので簡単にはできないのだが、批判はしても自身は安易に「見たまま俳句」を量産している。

 この百年、滑稽俳句は結社誌にも登場することなく異端児扱いをされてきた。 今でも「滑稽俳句」に眉をしかめる俳人が多い。俳句雑誌でも「滑稽について」 特集するのは、本阿弥書店の月刊誌「俳壇」だけである。

 俳句における滑稽は実に様々なかたちがある。滑稽俳句大賞では、今回の応募作品にも「滑稽の独自性」がそれぞれの作品にあった。今回の選で上位に選んだ作品は、「なにげない可笑しさ」のあるものとなった。滑稽は元来「おしゃべり」のぺらぺらという軽妙にある。大上段にふりかぶるものではない。ましてや「滑稽とは」などと深刻に考えるものでもない。

 この作品の作者に会ってみたいという「ゆとり」のある作品を選んだ。

 滑稽俳句大賞も八回にして更にクオリティーの高い作品を生み出したことを喜びたい。