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01 前川敏夫  2008年8月8日 02 田中章子  2008年8月12日





久松久子  が見つけた滑稽句   2010年10月12日

そこのけそこのけ運動会のビデオ撮る
(横山喜三郎)

子供かわいさの親ばかぶりが微笑ましい運動会の様子。
人間の正直さがででいる<お馬が通る>を捩ってうまくいいあてている。
<下に下に>言わなかったところに親しみと滑稽がある。








生き残る軍手軍足敗戦忌
(坊野留吉)

なるほどまだその言葉が残っていた何の気なしに使っていた。
発見の句。私もカーキ色を国防色と言ったりヘルメットを鉄兜と言っては笑われている。不謹慎だろうがなぜか懐かしい。








秋日和お墓は要らぬ千の風
(飯塚ひろし)

<千の風にのって>の歌を聞いてから死についての考えが変わった。
逝った人が風になり星になり見守ってくれること。
つまりいつでも自分の側に居てくれることが力強く寂しさがなくなった。
滑稽俳句は笑わせるだけではなくこのように人生の指針となることもある。しかし墓石屋さんは売り上げがた落ちになるかも    























久松久子  が見つけた滑稽句   2009年10月6日

葉桜やたたみて長き野点傘
(前田倫子)

傘の下で、茶を点てている内は気付かなかったが、傘を畳んだ時、こんなに長かったのかと仰天している作者。俳句は気付かなかったことを気付かせる妙味がある。縦と横の構図のトリックも面白い。






花曇タンカーの沈みさうに航く
(前田倫子)

鉄の船が水に浮かぶ不思議さ。ましてや石油などの重量物を運搬するタンカーである。世界恐慌を来たした石油にも相俟ってなおさら、危うく沈みそうにみえてくるのも深読みだろうか






春霰をよけて女形のしぐさかな
(山本あかね)

歌舞伎を観に行ったときの句でしょう。女形の一瞬の仕草はぞくっとするほどの艶やかさ。女が男に色香を見習う。ここにも滑稽が潜んでいる。






春風が四角く通る大手門
(山本あかね)

柔らかい春風が厳しい城門を抜ける時、四角になってしまったと言う比喩。登城の武士のように風邪も緊張したのでしょう。






渋柿や人間として六十年
(稲沢進一)

ご自分が無愛想なのか渋い顔をされ乍の六十年なのかいずれにしても人間なのだと主張している。案外こういう人は渋柿と思っていて甘柿かも人の良さが見える滑稽を裏打ちさせて廻りまで想像が広がる。






尻の位置草より高く草引く女
(黒田忠一)

思わず吹き出した。横からの観察。膝が痛いんですよ黒田さん。人はこうして老いてゆく
私も然り。スタイルなんか構っていられない。






冷麦の赤一本の行きどころ
(有吉堅二)

「行きどころ」に誰が食べたのかなと微笑んでいる作者。冷麦には赤一本と緑一本が入っている。子どもたちの取り合いです。その赤一本の中七で和やかな家族が見えてくる。

























山本賜  が見つけた滑稽句   2009年9月3日
吉分大魯(よしわけたいろ・・蕪村の弟子)の句
  高井几董(たかいきとう)と同じ時代を生きた俳人

すくなしと山僧いへり杜鵑


「俳句は呟きである」の見本のような句。
すくなしと言ったことで、ほととぎすの声がかえって際立つ。





物おもふ人のみ春の炬燵哉


春炬燵に入っている人はどの人もものおもいに耽っているように見えるというおもしろみ。





ふらついて瓢かたまる軒端哉


瓢がいくつもいくつも軒に下がっている。お互いにぶっつかるともぶっつからないとも、瓢に「きもち」があるようで可笑しい。

















久松久子  が見つけた滑稽句   2009年8月20日


楽しげに不便をかこちキャンプ村
(前川敏夫)

人間のエゴを浮彫りにした無いものねだりの句。不自由なき文化生活に浸っているからこそ、原始生活をしてみたくなる。人の心理の裏を返したおもしろ味がある。
この句を読み ふと本当のテント生活者を思った。物は考えよう。毎日キャンプしていると思ったら楽しくなるかも。







なめくじら塩を振られてしまひけり
(山本けい子)

嫌な者が来た後に「塩を撒いておけ」の塩は清めの塩だが、なめくじには溶かして殺してしまうまでの効果がある。これは物は使いよう。
溶けて流れて三途の川。







やみくもにダイエットしてキリギリス
(渡辺さだを)

栄養失調の果て、スタイルどころか彼氏も失う。「どうしてよ」と針金の体で
嘆く乙女心の浅はかさを傍らから見ての滑稽味。



 今月はおもしろ味の中の哀れさを拾ってみた。















前川敏夫  が見つけた滑稽句   2009年8月18日
私の好きな滑稽俳句二十句 〜


頬杖の何本も要る春愁  / 八木健

事件現場にあらず縄張る花筵  / 守屋典子

蟻の列サービス残業かもしれず  / 三木蒼生

香水の名を言ひ当てて疑わる  / 高田菲路

紙魚のつけ入る隙あらず電子辞書  / 魚田浩之

ファスナーを締め忘れけり蝉の殻  / 有吉賢ニ

アイロンをかけハンカチの過去を消す  / 八木健

流灯となりても父の浮き沈み  / 清水呑舟

大雪で雪見酒会流れけり  / 魚田浩之

花冷のちがふ乳房に逢ひにゆく  / 真鍋呉夫

白障子白内障と読み違ふ  / 田川飛旅子

夏なんか若い娘にくれてやる  / 桐島洋子

イヴよりも露ならずや紐水着  / 鷹羽狩行

兄以上恋人未満掻氷  / 黛まどか

蜜豆やしあわせそうな愚痴を聞く  / 大栗たか子

金髪に染めて帰つて村祭り  / 永六丁目

焼芋屋地声となりて銭貰ふ  / 藤井亘

春雨や喰はれ残りの鴨が鳴く  / 小林一茶

銀行に怪しき身なり花粉症  / 高崎和音

一線を軽く飛越え猫の恋  / 前川敏夫
















久松久子  が見つけた滑稽句   2009年8月16日


風五月味付海苔が上顎に
(山本あかね)

一瞬の風のいたずらで海苔がぴたっと上顎に貼り付いた経験が誰しもあるだろうが、句に出来たのはお手柄。五月のさわやかな風が品のよい滑稽を醸し出している。



その日より去年に戻る更衣
(彦阪義久)

更衣は新しい服とは限らない。去年の今頃をこの服から想い出している。逆の発想も滑稽を生み出す。柔軟な頭の持ち主。





時の日や腕にはめたる司令塔
(前川敏夫)

人間は腕時計に知らず知らずに指図されている。また時計があるから無駄に過さない。ふっと時の日に感謝している作者。ずばり、司令塔が愉快。























山本 賜  が見つけた滑稽句   2009年8月1日

〜西鶴の句

井原西鶴いはらさいかくは前回にとりあげた西山宗因の門に入って学んだ人。ご存知の通り「好色一代男」「好色一代女」などの作品で知られる小説家。


秋来ても色にはいでず芋の蔓

「色に出づ」は恋ごころが表に現れてしまうことをいうが、秋が来ても芋の蔓に色が出ないと言ったところに俳諧味がある。



剃さげ頭世の風俗やけふの月

当時、衣装にも髪型にも流行があったのだろう。
見慣れない新しさをうたった。



大ぶりや修行者うづむ炭がしら

大ぶりな炭がしらがなんとも可笑しい。
埋めているのが修行者でとりあわせが妙。





















佐藤古城  が見つけた滑稽句   2009年7月24日

〜森 澄雄 『既刊句集一〜十七巻他』 より


(1) ふぐり垂るるは寂しからずや雪嶺の間
     第一句集 「雪櫟」

(2) 瓜畑に水気失せたる生身魂
     第六句集 「空艪」

(3) 鉄砲の名にめでたきは水鉄砲
     第十七句集 「虚心」



およそ滑稽の対極に立つ大家の御作六千句より選出。
一般俳人には一句集から必ず十句もの滑稽句が散見されるが、殊、大人の作品群に滑稽は皆無である。


(1) 昭和二十九年刊行の【雪櫟】から引く。
    「妻子吻合」の謳と述べる二十七歳時の作品である。

(2) 【空艪からろ】 昭和五十八年刊行より。
    「湊の遊女が男を待つはかない呟き」と述懐する。
    作者三十二歳の吟。

(3) 【虚心】 平成十六年刊行。五〇六句
    「常臥し」の言葉が頻繁に盛られ、切ない迄の「妻恋」と
    愛孫との無心なふれあいに目頭が熱くなる。

澄雄と言えば 【淡海】 。集中淡海十五連作は圧巻である。
車椅子生活ながら矍鑠として卒寿へ歩く巨人渾身の句集。

 さて、揚げて見たものの此の三作品について滑稽を論じるに、小生の瓢箪頭では言葉が浮かばない。
実に奥行きの深い芸術作品であり、改めて大作家の重さに脱帽。
無責任の謗りを受けようが、広く滑稽俳句を愛する諸兄諸姉の慧眼に委ねさせて頂く。





















山本 賜  が見つけた滑稽句   2009年7月1日

〜梅翁(ばいおう)の句

・西山宗因にしやまそういんは江戸前期の俳人、俳号を梅翁と称した


うぐいすや真丸に出る声の色

うぐいすの声をまんまるに出るとは言い得て妙。




しら雪やつくゞ黒き鐘の声

鐘の音を黒という色でとらえたところがすごい。
あたり一面まっしろな雪。そこに視覚でとらえて鐘の音が響く。




一もって百の味ありはつ茄子

軽くうたって滑稽俳句の醍醐味がある。
秋茄子のおいしさを百パーセント表現している。



















佐藤古城  が見つけた滑稽句   2009年6月20日

〜保坂リエ 第四句集 『七十路の果て』他より


1)  鶺鴒や罪なき石を叩きをり


2)  春の服年を盗まれたくて買ふ


3)  春浅し扱ひにくきオブラート


リエさんは極めて実直の方とお見受けする。
嘗て千葉県婦人警官に奉職、からも納得できる。
名結社「くるみ」を興されて二十四年。堂々たる女流俳人。
お人柄から≪滑稽俳句≫には無縁と思われるが、
此の様なお方の作品群から滑稽作を抜くのも興味が尽きない。






1)  鶺鴒や罪なき石を叩きをり

何の罪もない川原の石を盛んに叩く「石叩き」の姿にはほのぼのとした滑稽感が涌く。また、われわれ人間に子孫繁栄の根本動作を教えてくれたのは他ならず「鶺鴒」と言う。
併せて考えると一層、作品の奥が深くなる。



2)  春の服年を盗まれたくて買ふ

「盗む」と言う反社会的な言葉をこれほど巧みに遣った例は珍しい。
殊に歳を拘る妙齢の女性から発っせられた上品な「滑稽」これこそ八木会長の称える「俳句」である。


3)  春浅し扱ひにくきオブラート

齢と共に服用する薬が多くなる。
中で苦手は粉末薬で、オブラートに頼らざるを得ない。
昔ならどの家庭でも常備したものだが今では売っているのが不思議なほど存在感が薄い。それ自体滑稽だが「扱いにくき」とは蓋し名言である。















久松 久子  が見つけた滑稽句   2009年6月11日

〜飯塚ひろしの句


春休み捨て損なひて処女でゐる

現代女性の奔放さを皮肉っているが、はっきり言い切った中に大らかさがあり娘心の危なっかしさも覗かれる。
これが滑稽の中の真実なのかも知れない。





卒業をするや勉強したくなり

天邪鬼の若い頃、私もその経験があり、人間一生勉強なりと、学生時代を惜しんで、やっと机に向うことが嬉しく尊いと思うようになった。
学生時代の恩師から あなたは卒業してからの優等生と言われてしまった。
さりげなく叙している中に 人の心理とあふれんばかりの向学心が見えてくる。















山本 賜  が見つけた滑稽句   2009年6月1日

〜太祇(たいぎ)の句
炭たん太祇たいぎは江戸中期の俳人



門へ来し花屋にみせる牡丹哉

自慢の牡丹を花を売りに来た花屋さんにみせている。
花屋さんの言葉と表情を考えると可笑しい。




末摘や炭吹きおこす鼻の先

末摘は源氏物語の末摘の巻の主人公の名。
滑稽なほど時代離れした赤鼻の女。
炭を吹いておこしていると炭火にてらされて
その鼻はまるで末摘のように赤いと言っている。




永き夜を半分酒に遣ひけり

現代の句としても充分通用する夜長を有効に使わず
酔いどれている自分を悔やんでいるとも嘲っているとも・・・
















飯塚ひろし  が見つけた滑稽句   2009年5月21日
●滑稽俳句協会報 5月号より


雛納その甲斐もなく出戻りぬ

〜可知豊親

雛納めが遅いと「娘の婚期が遅れる」との俗説がある。
折角早めに雛を納めていたのに、何たることか突然娘が出戻った。
この様に「さらり」と詠むには、それ相応の力量を必要とする。
可笑しみとペーソスの配分が卓抜である。





人並となりし神童卒業す

〜白井道義

神童も大人になったら只の人。
子供が幼い頃は、親の欲目で神童に見えたが、成長するに従って人並み程度になった。よくある親の期待感。人並みでよいではないか。
神童が登場して俄然面白くなった。






万愚節院内マイク僧を呼ぶ

〜中沢壮荷

医者が手放した患者には僧侶が出る番である。
この作品はブラックユーモアたっぷりである。
患者の臨終に立ち会った際、息を引き取るや否や、僧侶と葬儀の日程の打ち合わせをするのを目撃した。
病院と寺院は共同企業体。万愚節がよく効いた作品である。







四月馬鹿体重計は嘘つかず

〜有吉堅二

四月一日は罪のない嘘をついても許される。
だが、真面目な体重計は嘘をつかない。
たまには、目盛りを下げてメタボの御仁を喜ばせてもよいのに。
真面目な体重計ほど高級品である。







卒業も罪な物なり職はなし

〜高田敏男

「大学は出たけど内定取消し」で未だに職に就けない。
派遣切りなどで失業者が巷に溢れている。
就職戦線は熾烈を極める。
文句なしに胸に沁みる作品で世の無常がせつない。






啓蟄や胃の腑に巣食ふピロリ菌 

〜星加克己


ピロリ菌は胃に生息していて、放置すると胃潰瘍や胃癌を発症させる厄介な菌である。
啓蟄とピロリ菌との取り合わせはユニークで面白いが、笑っては居られない深刻な事態であるので、ピロリ菌を飼って居らずに、早めに退治されたがよい。






三月やまたも道路を掘り返す

〜原田 曄

何て無駄なことを。役所は予算が余ると、年度内に使おうと彼方此方で道路を掘り返すのだ。
予算を余らせば表彰する制度を提唱したい。
道路工事が増えると「ああ、三月になったか」と認識する。
道路工事は春の季語にしたい。
















山本 賜  が見つけた滑稽句   2009年5月10日

〜蕪村の句



学問は尻からぬけるほたる哉

学問をしても身につかず、尻から抜けていくと自らを風刺している。
蛍の光を集めて学んだという晋の時代の故事と重ね合わせてる。





遅き日のつもりて遠きむかしかな

つもる話と暮れの遅い日をかけている。
日暮れの遅い春の日、話は昔のことにまで及んで・・・。





みじか夜や毛むしの上に露の玉

画家である蕪村はわれら凡人とは異なり、
露をまとった毛虫をこの上なく美しいものとしている。そこに滑稽がある。















戸谷笑子  が見つけた滑稽句   2009年5月1日

〜高浜虚子の「滑稽俳句」



口あけて腹の底まで初笑


我生の今日の昼寝も一大事


数の子に老の歯茎を鳴らしけり


人間吏となるも風流胡瓜曲るも亦

(註)官吏なんかになると、本道は風流でない人だけれど、
   人間によっては風流な官吏もある。
   ヘボ胡瓜といって曲がっているものも。


ほろほろと泣き合ふ尼や山葵漬


あふむけば口いっぱいのはる日かな


これはさて入学の子の大頭


亀鳴くや皆愚なる村のもの


うなり落つ蜂や大地を怒り這ふ


地球一万余回転冬日にこにこ


















飯塚ひろし  が見つけた滑稽句   2009年4月25日



省エネや猫熱源の春炬燵

猫の体温を熱源にする発想は未来志向でよろしい。
猫のヒーターは「おんぼら」とした熱量で春炬燵には最適だ。
作者自身が省エネだと断定しているのが、実に可笑しい。
しかしこの熱源は爪を立てるからご用心。







湯たんぽのエコと言はれて若返る

省エネブームで最近、湯たんぽが見直され愛用者が増えた。
湯たんぽは気をつけないと、低音火傷をするからご用心。
古いものが見直され、大正、昭和生まれの出番がやって来た。
簡易・即製な湯たんぽは益々需要が増えて、生産者の笑いが一層高まるのである。







三世代おもひおもひの福笑

三世代の生活観の有り様が巧く表現されて、福笑がよく効いた作品である。ユーモアと諧謔の効いた考えさせる作品。

















飯塚ひろし  が見つけた滑稽句   2009年4月16日



煩悩の数には足りず除夜の鐘

除夜の鐘で追い払う煩悩は百八つ。
其れより煩悩が多いとは、豪勢である。
悩みが多いのは若い証拠で喜ばしい。
煩悩の数を誇っていて面白く愉快な作品。






鮟鱇のごとく口開け見学す

鮟鱇の顔を見ただけでも滑稽である。
鮟鱇の如く大きな口を開け、大仏様など見学する図は滑稽の極みである。鮟鱇の器量の悪さは抜群で笑える。






化粧する顔あればよし初鏡

一種の開き直りで捨て鉢な措辞が功を奏し、可笑しみが湧く。
初化粧も顔があればこそ出来るのであって、
女性の作品なればこそ面白い。















久松久子  が見つけた滑稽句   2009年4月1日

〜八木 健の句・・・


終生を夜勤に励み油虫

終生は習性にて同病相哀れみの句、しかし、昨今の就職難は人間を憐んいるかも。夜勤手当を弾まれても命がけ。
人間も油虫並かそこに滑稽がある。





ジャンケンの三椏どれもチョキを出し

紙の原料の三椏。
その紙にチョキなるはさみを出して、みんなに切られた紙の掌の痛ましさと勝ち誇ったハサミ。
切る側、切られる側に人の世の運、不運を見る。






穴だけの眼に睨まれて目刺食ふ

無慈悲なことをしたのも人間。
それを美味しいと食べているのも人間魚は人間に食べられて成仏すると言う人間側の言い分。因みに私は魚嫌い。
観音様のみ心は持ち合わせてないが、ふっと小さな魚への憐れみを感じさせた句。ぽっかりと空洞になった鰯の眼に最後の抵抗がクローズアップ












杉村 福郎  が見つけた滑稽句   2009年3月24日

〜句友たちの句から発掘してみました


私の句友たちは、まじめな俳句をつくっておられる方が多いので、
会報に載った一句一句に笑いをたづねる作業を続けてきました。

 そのつもりで探してみると、あるものですね。

八木会長が言われたように「滑稽は失われていたのではなく、
隠れていた」のです。




一匹の蜂襲ひくる夏座敷

紀太くにを
 (汗を流して逃げ廻る作者に可笑しみ)





月仰ぎおおデモニッシュ冴返る 

稲津 昌
 (酔いの勢いで叫んだ言葉がすごい)




あれこれとみんなグッバイ年忘れ

桜井さくら
 (女性のこの潔い表現に羨望の笑いも)




枯蟷螂関節動きうごき出す

田口武司
 (自嘲の自画像か、作者は去年急逝された)





春一番ピザは放られ宙を舞ふ

朝倉松枝
 (厨房の作業を取合わせた離れ技がお見事)





百歳の母のくしやみや葱坊主

田中佐代
 (かわいいお母さんに思わず顔が綻びる)




骨々とコツコツと梅咲きにけり

宮崎滴水
 (梅の枝ぶりに引っ掛けた表現が面白い)





草石蚕めは文字も形もいけすかず

佐藤好壺
 (言われてみれば成る程と納得しておかしい)




春闘や褌の色も多数決

北川寛山
 (さて女性は?と裏にも笑いがありそうだ)




うちづらのぶつかりあつて山眠る

尾崎京子
 (子供の寝相と山々の麓の類似に面白さ)





山紅葉ええあんべえの風呂じゃのう

池田洸星
 (癒される言葉にのどかな情景が浮び上がる)











山本  賜  が見つけた滑稽句   2009年3月13日

〜一茶の句・・


「永き日や牛の涎の一里ほど」

思わず笑ってしまう句。白髪三千丈はそれほどリアリティーはないが、
牛の涎の一里はよく分かる。





ばせを忌やことしもまめで旅虱

芭蕉の時代には虱がたかるのは普通のことだった。
芭蕉の旅の句には虱がたびたび登場している。
一茶は虱仲間の旅人として芭蕉に親近感を抱いている。





親分と見えて上座に鳴く蛙

小動物をこよなく愛した一茶は複数の蛙に強い弱い、
或いは一家族をなぞらえたのだろう。大きい蛙が上座に
陣取っているのをみて親分としたのが可笑しい。











山本  賜  が見つけた滑稽句   2009年2月16日

〜黒柳召波の句・・


蕪村が召波に言った言葉がある

「俳諧に門戸なし俳諧門といふを以て門とす」


詩にあらず錦にあらず機の蠅

蠅は金色や緑色にひかってまさにそれだけ見れば錦の織物である。それが機織り機にとまっていた。疎ましき蠅は色美しくても詩にはあらず錦の織物でもない。洒落た滑稽味がある。





花踏て戻る公卿の草履哉

この句の季語は散り敷いた花びらであるが公卿の草履が句の中心に据えられている。無造作に踏みつける公卿の草履の方がこの句の中では威張っている可笑しさ。





おもしろうわさびにむせぶ泪哉

おそらく酒席であろう。刺身に添えられたわさびのあまりの辛さに涙しているのである。









久松 久子  が見つけた滑稽句   2009年2月7日

〜八木健会長の作品から・・

串の字は象形文字よおでん食ぶ

文字の始まりは絵で表し現代の文字に変化してきた。
取り残された串の字に脚光を浴びさせてくれたこの句。
句作りは物象に融け込んで作れと教えられたが、
まさに串に成り代り訴えている作者。串からお礼を一言。




男女交際炬燵の中の脚四本

何くわぬ顔の二人が炬燵の中はどうでしょう。
見えない糸で結ばれてもこんがらがっては厄介。
炬燵の脚も二人の脚も四本。差し詰め蛸です。
節電に一役買っているわけ。
コンセント引っこぬいてやりましょう。老婆心乍ら。













山本 賜  が見つけた滑稽句   2009年1月6日

〜高井几董 「井華集」より・・

鶯の訛かはゆき若音かな

笹鳴きから少しホーホケキョらしくなってきた鶯の鳴き方を
「なまり」ととらえた。
「なまり」と言ったことで愛らしい鳴き声が、
そこに聞こえるような錯覚を覚える。



元日の酔わびに来る二月かな

よほど親しい仲なのだろう。
元日に酔っぱらって悪態をついて帰った。
普通なら足が遠退くのだが、二月に入ると、
わびに来たといって顔を出す親しさ。
几董は「酒無ければ句なし、句を得て又飲をたのしとす」
と言われ大変な酒豪だった。



むら燕牛の股ぐら潜りけり 

よくある田園風景だが牛の股ぐらと言ったところが可笑しい。
普通なら憚る表現だが、燕の巧みな飛び方をほめているため
句としての雅味がある。











有冨洋二  が見つけた滑稽句   2009年1月1日

〜今月の滑稽句より・・

・前川敏夫 作

病院を今日は休んで日向ぼこ

勤務や学校を休むことはあるが、さて病院も休むことがあるのだ。
あまりの好天気に、病院で過ごすにはもったいないという気分ですね。
休むを決めるまでの、心の葛藤がみえてきます。


・種谷良二 作

栗飯の栗の個数を目で数え

いったい栗は幾つ存在したのか。リアリティーとともに受け止められます。
白いごはんに黄色い栗はいやでも目に入ります。
隣の人の個数までも一瞬にして分かります。
達人とは、そういうものです。


・今城夏枝 作

寄せ鍋の煮え講釈も煮えたぎる 

懇親を図るつもりのお方も、いつのまにやら講釈師に。
鍋が熱くなり、出汁が熱くなり具も熱く、やっぱり議論も沸騰点。
性格はなかなか変わりませんよね。鍋も選んで、ついでに人も
選びましょう。










飯塚ひろし  が見つけた滑稽句   2008年12月5日

〜今月の滑稽句より・・

・二神重則 作

秋来ぬと雀ふつくら旨さうに

正直な心情を吐露して面白い。雀は焼鳥にすると美味であるが
鳥獣保護の建前から、今は旨そうな雀を、指を銜えて見詰めるだけ
である。昔は、猟銃、空気銃、霞み網などで雀を獲り、食卓に供した
ものである。


・安藤淑子 作

観客より演者の多き文化祭

少子化が叫ばれて久しい。山村では全校児童が五人の処もあり、
学芸会の演者は極めて少ない。掲句のような場面に遭遇した事は
ないが、実際にあつたら実に面白い。文化祭がよく効いた楽しい
作品である。


・稲沢進一 作

渋柿や人を拒まず頑張らず 

たわわに実った渋柿。悪童も渋柿だけは敬遠する。作者は「成るが
まま落つるがままに山の柿」の人世を超越した心境であろう。
冠に「渋柿や」と置いて、一層可笑しみむが増し、飄逸な句になった。
最近、柿を食べる人が少なく、たわわに実り、そして朽ちていく。









佐藤古城 (芽吹き 主宰)  が見つけた滑稽句   2008年11月29日

〜俳誌『かたばみ』389号 より

・かたばみ主宰の森田公司 作

盆踊暗きところに父がをり

蜷の道はじめをはりのなかりけり

去年今年つぼ押し棒をそばに置き

森田氏は聖なる教職を貫き通した賢人で、そのお人柄から、退職後は乞われて「NHK学園」俳句講座の目付役として活躍されているが、まさしく謹厳実直に服を着せた様な人物である。

句友700人を数える主宰結社「かたばみ」の誰もがその高潔なる人格と格調のある句風に頭を垂れるが、師の代表句の中で殊に上記3句は明らかに高尚な「滑稽」が潜んでいる。

八木健の【滑稽俳句術】第二項〈正直が可笑しい〉を実によく証明していて嬉しい。「楸邨」を生涯の師として仰ぎ「寒雷」の代表作家として活躍を続けつつ「澄雄」の『杉』で幹部同人の重きをなす森田氏の足跡を見てもその作品の高い文学性が偲ばれる。

さらに、その作品に隠された高質な「滑稽」は世界文学史上、天下の文芸珍味として誰もが諾うものであろう。

遅ればせながら【滑稽俳句協会】の隅っこに座らせて頂きその理念「滑稽こそ俳句の根源」をバイブルとして精進に励む所存である。









山本 賜 が見つけた滑稽句   2008年10月24日

〜榎本其角の句に滑稽を見る

牛にのる嫁御落すな女郎花

この時代にはこんな風な嫁入りがあった。
女郎花の咲いている道をそろりそろりとゆく一行。
嫁御落すなとユーモラスにうたっている。




いが栗に袖なき猿のおもひ哉

こんなにある栗。いがを剥いて食べるのには
猿も限界がある。袖でもあったら持ち帰って
ゆっくり食べることが出来るのにと
猿の気持をユーモラスによむ。




鵙鳴くや赤子の頬を吸ふときに

「むすめ食ひぞめに」とある句
かわいくてたまらず ほっぺにチュ。
キーッ キーッと啼く鵙の高い声がまじるので滑稽味が。









井口寿々子 が見つけた滑稽句   2008年9月28日
本 平成の滑稽

〜「平成の滑稽」より 立石 朋

ショベルカーうまさうに噛む春の土

冬の間、工事現場も冬眠状態だったと思われる、だから久しぶりの土はうまい。それを 中七でうまそうに噛む・・として「はっと」驚かせる。
こういう擬人化は作者が重機になりきったから出来た。
なんとも柔らかな表現に拍手です。




〜「平成の滑稽」より 中村遠路

塔の脚くすぐつてゐる青田

鉄塔と青田。ダブルの擬人化ですね。
鉄塔はガリバー、青田はいたずら坊主でしょうか。
のどかな田園風景もこんなふうに感じると楽しい。
高圧線が揺れて鉄塔が身を捩るというわけですね。




〜「平成の滑稽」より 越前春生

煤逃げの仕掛どころを誤りぬ

煤逃げのタイミングを誤ると
一日を下僕の如き重労働の憂目に遭うことになる。
煤逃げには、逃げる側だけでなく、邪魔になるからと
逃がす立場も含まれているのだから、煤逃げ未遂は
まだ使える存在として認識されているということ
喜んでいいのだが・・。









田代青波 が見つけた滑稽句   2008年8月26日
本 平成の滑稽

〜「平成の滑稽」より 越前春生

さしあたりやることなくて水を打つ

鈍才の私は、俳句をつくるのに写生や句会とやらで結構忙しい。
この句のように余裕綽々で秀句を作れる人がうらやましい。




〜「平成の滑稽」より 勝山伸子

ばつ悪し案山子と同じ格子柄

通信販売で以前購入したコート。
電車で鉢合わせし、どちらとなく車両を乗り換えたことでした。




〜「平成の滑稽」より 白井道義

鶏頭の十四五本といふ半端

正岡子規という 偉大な人の句であれば、何もかも佳しとする世間。
ながいものに巻かれないぞという俳人としての気概を感じる









倉方 稔 が見つけた滑稽句    2008年8月24日
〜蕪村の作品から

さみだれや大河を前に家二軒

単純明快で有りながら、よく鑑賞して見ると、解りやすくそれでいて深い意味を持った、現代にも通じる滑稽俳句ではないかと思う。
近頃の難しい言葉・文字を使った俳句を作る方々にもう一度この俳句を味わってもらいたい。



〜三鬼の作品から

恐るべき君らの乳房夏来る

私はこの俳句を鑑賞していると、類想句になるかも知れませんが、色々に言い換えが出来る事に気付かせる。言い換えを誘う俳句は内容が豊富なのかも知れない。作者は終戦直後の日本の女性の姿を詠んだと有りますが、現在でも大いに通用する滑稽俳句。




〜漱石の作品から

叩かれて昼の蚊を吐く木魚かな

盆供養か勤行を詠んだ俳句で、荘厳さの中に滑稽味を持った俳句ではないかと思う。僧侶の後ろに座る檀家の人々が叩くわけにも行かず、蚊がブンブン飛び廻るさまが目に浮かぶ。


以上の三句が私が見つけた滑稽俳句です。
これらの俳句のように解り易く何かと連想を誘う俳句を目指して精進して行きたいと思う次第です。







山本 賜 が見つけた滑稽句
〜江戸前期の内藤丈草の作品から

血を分けしものと思はず蚊の憎さ

蚊に刺された。
刺した蚊と自分は同じ血を分けあったと詠んだところに俳諧がある。

春雨やぬけ出たまゝの夜着の穴

この時病に伏していた丈草。
夜着をぬけ出る丈草の姿が、病に伏している哀感を越えたものとしている。
夜着の穴で読者はほっとする。

花散るや覗きあひたる岩の穴

ごつごつした岩がふたつ。
どちらの岩にも目のような黒い穴が。
覗きあひたるで生命をもった岩。花散る背景がなんかかなしいですね。







田中章子 が見つけた滑稽句
〜小林一茶の作品から

雀の子そこのけそこのけ御馬が通る
やれ打つな蝿が手をする足をする

中学の入試問題で出会って素直さに感動した句ですが
童心こそが滑稽の原点ではないかと今になって思うのです。
私の心に俳句の種を蒔いてくれた恩人のような句なのです。


〜松本たかしの作品から

雪だるま星のおしやべりぺちやくちやと

この句は教科書で出会いました。
おしやべり ぺちやくちや・・この句が登場したとき俳人たちはどんな感想をもったのだろうか。
おそらく「へんな」句だと思ったのではないか・・・
この独創表現こそが滑稽なのです



〜西東三鬼の作品から

水枕がばりと寒い海がある

寒い海があると言い切った思い切りの良さに感動です。
三鬼は滑稽と意識せず作ったのでしょう。
高熱に感じた言い知れぬ不安を寒い海に託したところが滑稽表現と言えるでしょう。







前川敏夫 が見つけた滑稽句
〜八木健の作品から

アイロンをかけハンカチの過去を消す

滑稽俳句を三つと言われて、まず思い浮かぶのがこの句で
ある。ハンカチにはその人の一日のドラマが凝縮されている。
そのすべてを知っているハンカチ。読者に無限の想像力を
働かせる作品である。


〜檜紀代の作品から

鬼やらひこけて鬼面の中で泣く

「遠矢」主宰の檜紀代は広い意味での「面白さ」を追究す
る作家である。子どもが遊び歩いたうえ、こけて泣いている。
それが恐ろしい鬼面の中だというのである。このさびの効い
た一流のユーモアを味わいたい。



〜小林一茶の作品から

春雨や喰はれ残りの鴨が鳴く

古典俳句から一句。ユーモアとは逆説であることをさきが
けて主張した作家が小林一茶である。逆説とは人生を事実で
見ずに真実で見ることである。それ故にユーモアは悲劇より
哀しい。