馬鹿は死ななきゃ治らない  
   
 
 浪曲の起源は文化・文政の時代にまで遡ります。浄瑠璃や説経節、祭文語りなどが基礎となり、大道芸として始まったものです。その親しみやすさから多くの人に愛され、庶民の芸能として根付きました。大正、昭和時代初期のラジオでは、浪曲番組が一番の人気で、人々に心の癒しと笑いを与えました。中でも、清水次郎長伝を得意とする二代目・廣澤虎造の語りは、関東節の張りと関西節の低音の唸り、威勢の良い啖呵が聴く者を魅了しました。その独特の語りは、「虎造節」と呼ばれ、戦前から戦後にかけて一世を風靡し、今でも浪曲の代名詞となっているほどです。
 ところが、浪曲は戦後、CHQの弾圧を受けることとなります。浪曲には「仇討ち」を内容とする演目があることから「敵国アメリカへの報復を唆す」と懸念されたのです。そして昭和30年代のテレビジョンの登場によって、「聴く」芸能・想像力を必要とする浪曲は衰退の一途を辿りました。
 そして、ついに廣澤の系統は、三代目にして途絶えてしまいました。日本浪曲協会に所属する浪曲師も、流派が異なるために「虎造節」を唸ることはできません。その結果、かつて日本国民を沸かせた『虎造節』は、忘れられてしまう危機に直面しています。
 この浪曲という、「音楽を取り入れた語りもの」は、世界に類を見ない、日本独特の芸術です。中でも虎造節は「語り」の至芸です。発声、抑揚、リズム、強調など、完成度という意味でも「至高の話術」なのです。
 今や虎造節のみならず、日本の伝統芸能の一つである浪曲そのものも、存廃の岐路に立たされています。私たちの時代に、浪曲、虎造節を途絶えさせてはなりません。なんとしても保存・継承しなければならない、その思いから浪曲・虎造節を広く社会に普及することを目的とし「虎造節保存会」を設立致しました。
 一人でも多くの方に、浪曲、虎造節の魅力を再認識していただき、私達と共に唸り、語って、虎造節という芸術を後世に継承していきたいと思っています。

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